学習曲線」という言葉は、ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスによって紹介されたもので、そもそもの意味としては

 

 

人は反復して覚えることで記憶力テストの成績があがる

ことを紹介したものだったらしいのですが、現在ではその意味も広く捉えられ

 

 

ある課題を繰り返せば繰り返すほど、それをこなす時間が短くなること

をも意味するようになったようです。

   

   

時間の経過とともに、その言葉の中に

繰り返すことによって能力が向上し、能力の向上によってこなす時間が短くなる」という意味を内包するようになったのでしょうが、その能力の向上は必ずしも 右肩上がりに一直線に伸びていくものではありません。

  

  

取り組む物事にもよるのですが、大抵

 

  

 1 じりじりとした成長

  2 どれだけ努力を費やしても成長が感じられない、

  長い横ばい状態

 3 ちょっとしたブレイクスルーをきっかけとした

   大幅な成長

 

 

といったプロセスを何度も繰り返しながら能力は向上していきます。

 

 

ある程度力をつけた後でも、順調に成長を続ける訳ではないのです。

どちらかと言うと、力をつけた後の方が頻繁に壁にぶつかり、 長い横ばい状態を経験するようになります。

  

  

上記2のどれだけ努力を費やしても成長が感じられない状態は、いわゆるプラトーという段階で、その手応えのなさからつい努力を投げ出してしまいそうになる危うい状態ですが、

 

 

プラトーを脱出したいがために、がむしゃらに表面的な知識を増やしたところで根本的な解決にはなりません。それは慣れているというだけです。

 

 

この苦しいときに表面的なテクニックや知識を増やすことにとらわれず、どれだけ理解を深められるかが、プラトーを抜け出すための突破力になります。

  

  

僕自身の英語の勉強がわかりやすい例になるかも知れません。2年程前、どれだけ勉強をしていてもTOEICのスコアがまったく伸びなくなった時期がありました。

 

 

当時は音読とシャドイング、簡単な読書を中心にした勉強だったのですが、半年間どれだけ努力をしてもスコア650を上限にしてそれ以上の成績をあげることができなくなってしまったのです。

 

 

そこで勉強方法を見直して、基礎的な文法の勉強を加えることにしました。

焦らずにたっぷり時間をかけて理解を優先することにしたのです。

 

 

量が質に転化するというのも事実ですが、結果が出ていなかった以上、まず量を追求するという従来のスタイルを捨て、質を追求することにしたのです。

 

 

その後、結果のでない状態に嫌気が差していたこともあり、勉強方法を見直した後も長い間TOEICを受験していなかったのですが、2年間のブランクを経たのち先日再びTOEICを受けたところその成果は劇的な形で現れました。

 

 

スコアは845にまで跳ね上がっていたのです。

 

 

毎日従来通り継続的にi-podに入れた英語を聞いていましたし、JAPAN TIMESも読んでいたので、要因は確実に断定できないかもしれません。

 

 

しかし、それでも僕自身の頭の悪さや英語の勉強を最優先事項にできていなかったライフスタイルを考えると、基礎的な理解を深めたことによって大きく英語能力が向上したと考えるのが自然でしょう。

 

 

勉強でもビジネスでも、経験したことのある問題には知識や慣れで対応できますが、未知の問題に遭遇した場合にどう対処するのかその状況でこそ理解が問われます。

 

 

理解を土台にした上に、テクニックや知識を身につけることで、初めて自分でそこに工夫が生まれ新たな成長のきっかけとなるのです。

 

 

特に明確な答えがないビジネスの場では、それぞれの仕事に対して何故そうなるのかという本質を捉えた理解がない限り、複雑な現実に対処できず、成長を下支えすることはできません。

 

 

単に慣れに任せたような仕事の仕方では、イレギュラーな事態が発生したときに立ち返る場所がなく、対応できることは限られてしまいます。

 

  

理解を優先させると短期的に成長が実感できず、 暗闇の中、手探りで探し物をしているような不安感が付き纏いますが、表面に現れずとも能力は確実に蓄えられ続けています。

 

 

焦らず時間をかけて理解に努めることです。

 

 

そうすれば、後になって時間や成長を大幅に取り戻すことができるだけでなく、今後のプラトーを回避するための大きな鍵となります。

 

  

本質的な理解をすすめることは時間を大幅に節約させ、成果物の品質をも大幅に向上させるのです。