あなたもこんな経験はないでしょうか?

 

 

読み始めた本が、どうやっても面白くないのにも関わらず、勿体なさから無理矢理最後まで読み切ってしまった。

 

 

或いは、長い受験勉強の末、資格を取得した後、いざ仕事をしてみると、面白くないのにも関わらず、それまでの努力が無駄になることを惜しんで、転職を決断できない。

 

 

これは行動経済学の世界で「コンコルドの誤謬」として知られている状態で、対象への金銭的・精神的・時間的投資を行うことが将来的に利益を生まないことを知りつつも、それまでの投資が水泡に帰すことを惜しみ投資をやめられない状態を指し、別名「サンクコスト(埋没費用)効果」とも呼ばれます。

 

 

世界で唯一の音速旅客機コンコルドの実用化は、商業面からみた場合、結果的に失敗に終わったのですが、実は計画の途中段階から、商業的な成功が困難であることは把握されていました。

 

 

しかし、それでまでの投資の大きさが開発に対するこだわりを生み更なる投資を継続した結果、赤字を拡大させ、最後には墜落事故まで起こしてしまいました。

 

 

誰しもお金や時間というものは生きていく上で大切な資源です。

大切であるからこそ自分が投資したお金や時間は無駄にしたと思いたくないものです。

その投資したお金や時間が大きければ大きい程、その思いは強くなります。

 

 

そこで適切な判断が必要な時、投資した資源に気をとられその判断にバイアスがかかってしまうのです。

 

 

確かに引き際の判断は大変難しいものです。

この記事を書いている僕自身、そんなサクサクと毎回判断できているわけではありません。

 

 

なぜなら、投資をやめるということはそれまでに投資したお金や時間が埋没してしまうこと、つまり、無駄になってしまうことを意味しているからです。

 

 

冒頭に挙げた面白くない本の例を取ってみるとその本が1,500円であった場合、読むことをやめた時点で1,500円の損失は確定してしまいます(埋没費用)。

 

 

しかし、面白くないながらも無理して読み続けた場合、その本の代金1,500円を失った上24時間もの時間的な資源まで失ってしまうことも事実です。

 

感情を持って生きている以上、こういった判断は大変難しいもので、僕自身、無駄と知りつつ本を読み続けることなどいくらでもありますが、大切なのは「今後必要となる金銭的、時間的コスト」という視点です。

判断の上では今まで投資した資源は切り離して考える必要があるのです。

 

 

個人の問題だけでなく公共工事を始め、他人が見れば役に立たないとしか思えないものに時間やお金を投下し続けている場合は単にこの損失の確定を先送りしているだけの場合が多くあります。

 

 

そのようなケースでは往々にして傷口を広げる結果として落ち着きます。

大きな判断ほど早い段階で行う必要があるのです。

 

 

設定した夢や目標を諦めないということは、夢や目標を達成するための大変大切な要素ですが、夢や目標を諦めないということは、別に一つの方法に固執するということではありません。

 

 

時には今まで投下した金銭的、時間的資源を切り捨てる覚悟も必要です。

 

 

読書にしても資格取得にしても公共工事にしても読書、資格取得、公共工事それぞれの行為自体が目的ということはないでしょう。

 

 

突き詰めると

「必要な知識を身につけるために読書する」

「弱者を救済するために資格を取得する」

「住民の利益を守るために公共工事を行う」

など目的は別なところにあると思います。

 

 

目的をしっかり認識し少しアプロ-チを変えればいいだけのことなのです。